松本道弘(1986)『メリルリンチVS野村証券-火を噴く世界金融戦争の最前線を行く』ダイヤモンド社

松本道弘(1986)『メリルリンチVS野村証券-火を噴く世界金融戦争の最前線を行く』ダイヤモンド社を読んだ。随所に時代を感じるが,「ノルマ証券」とか「ヘトヘト証券」とか変わらないものもある。なお,著者は,総会屋松本三郎の息子。

 1986年2月1日,鳴り物入りでデビューしたメリルリンチの1日(土曜日であったから正式には半日)の出来高は,実にその日の東証出来高の6パーセント,つまり1650万株ものご祝儀売買を集めたという。

 この大量のご祝儀売買をさばくのに,メリルリンチの各支店の営業マンは,東奔西走させられたと聞く。さらに,その強引なハメ込みで全国に被害者が続出しているとの風聞も広がった。

 この中に,南海電鉄(大阪上場)株も,含まれていたというから,事態は深刻だ。

 それはこういうことだ。

 この年の初め,当時はまだ正会員になっていなかったメリルリンチ・ジャパンから,東京のある証券会社に,南海電鉄株の買い注文が入った。

 以後,メリルリンチは同株の売買注文を出し続けて,その量も増し,南海電鉄株は暴騰を続け,ちょうちん買いをも誘った。

 問題は,この買いのご本尊が,元プロ野球選手の張本勲氏が社長をつとめる隆祥鉄鋼とそのグループといういわくつきの相手だったことである。

 香港で会った,証券会社の支店長は私にこう語っている。
「あのグループがやばい相手であるということは,日本の四大証券会社ならみんな知っているはずなんですがね。だから申し合わせたように,手を出さなかったんです。外資系はどうしても情報不足になります。それにしても,メリルリンチさんの情報収集能力と調査能力には問題がありますなあ」

 3月の中頃まで,大量の手数料収入を得て笑いがとまらなかったはずのメリルリンチの顔が,急に真っ青になる。隆祥鉄鋼に「決済不能説」が流れ,南海電鉄株は3月17日,18日,19日と3日間連続ストップ安となったからである。

 3月19日,隆祥鉄鋼はメリルリンチを通じて最高値で買った2000万株(約400億円)が支払えなかったのである。なんと200億円近くの損害が発生したのだ。

 人の信用を裏切ることをもリップ・オフという動詞に含めると,青い目の場立ちを客寄せパンダとした大量のご祝儀相場で泣かされた被害者も,リップ・オフされたことになる。

 であれば,世界最大で,最高の証券会社という触れ込みで踊らされた日本の顧客,私を含めたに日本のマスコミ,ひいては大蔵省までもがすべてリップ・オフの犠牲者だということになる。

 野村はどこを切っても同じ顔(必ずしもそうではない)ということで,金太郎飴と呼ばれるが,これがヤクザ集団としての強みである。

 ユーロマネー誌が,世界最大の証券会社と報じる野村證券はどのようにして人を育てているのか。

 きっとヤクザと共通点があるはずだと考え,北川紘洋氏がインタビューをしてまとめた『ヤクザは人間をどう育てているのか』(はまの出版)という本を買い,若い野村證券の社員に読ませ,野村の体質とどう違うか,調べて欲しいと頼んだ。

 返ってきた答が,「全く同じですね。全国から黒い背広を着た支店長がぞくぞく集まってくる様子を見ていると,何か異様な雰囲気を感じます。組長が集まるヤクザの会社だと感じました」とまるで他人事のように語っていた。

 日本の金融・資本市場の自由化は着実に進展している。これは,俗にいうニコク・サンバケ(「国債」「国際化」と「情報化」「機械化」「国際化」のこと)が促進要因になっている。なかんずく国債の大量発行(60年度の国債残高は133兆円にふくれ上がっている)の持続は,金融自由化の流れを不可避なものとした。

 というのは,もし金利規制に固執し続ければ,規制金利商品から,自由金利商品への資金シフトを招き,円滑な気風が疎外されたり,国際的キャピタル・フローや為替レートが影響を受けるだろうからである。

 「悪いことは,なるべく教えない方がいいわけだし,われわれの世界っていうのは,仕事はプロジェクト的に大きなものじゃなくて,小さな細胞がいくつか集まって,ひとつの組織体になっているわけだから,ふだんは,小さな世界だけで仕事をしていればいいということになるわけだ。隣の細胞が何をやっているのか知る必要もないわけだし,そのほうが組織体としても安全なんだ」
 これは,野村證券の幹部の発言ではない。あるヤクザの発言である(北川紘洋著『ヤクザは人間をどう育てているのか』)。