中村直人,山田和彦(2020)『弁護士になった「その先」のこと。』商事法務

中村直人,山田和彦(2020)『弁護士になった「その先」のこと。』商事法務を読んだ。

本書は,中村直人弁護士が,所属する中村・角田・松本法律事務所において若手弁護士のための研修を行った際の反訳をベースにしたものとなっている。弁護士だけではなく,一般論として有用な記述も多数あった。

例えば、はしがきでは,弁護士が知っておくべきノウハウが5つに分類されている。具体的には,①個人的な性格や能力に起因するもの(事件のスジを見通す能力,問題を解決する知恵を出す能力,事件処理の度胸),②相当程度の経験によってしか体得できないノウハウ(裁判での証人尋問の仕方,いろいろな契約条項),③努力すれば誰でも獲得できる知識(会社法の知識,法制の知識,会計・監査の知識,英語,その他の知識),④知ればすぐに分かる知識やノウハウ(電話の仕方,事件の受任の仕方,日々のスケジュールの立て方,その他の基礎的な事柄),⑤これら以外の弁護士としてのルール(弁護士倫理上の注意点,事務所で禁止されている事柄(秘密保持や株式等の取引の禁止など),弁護士として逸脱してしまうリスク,身を処すときのルールやノウハウ)となっている。

⑤は,早く教えておかないと,道を踏み外すかもしれない。禁止のルールは経験を待たずに教えておくのが良い。④は,知っていれば,以後きちんと対応することができる。何も先輩の技を盗め,などと言って時間をかける必要はない。③は,努力すれば獲得できる法律知識のようなことも,どういう調査方法があるのか,何をすればどういう情報を獲得できるのか,どうすれば調査の網羅性を確保することができるのか,などといったことは,大事な実務上のノウハウではあるが,しかし先輩弁護士が出し惜しみしないでおけば,新人でも速やかに辿り着くことができる。そういう基礎的な部分を知ってもらって,その上で,②や①のノウハウの価値の理解や,自分への取り込み方などを考えていく方が,成長のスピードは速い。ならば教えたら良い。

また,事実調査と法律調査も参考になった。

①まず事実調査。企業の紛争には,必ず経緯がある。ストーリーがある。企業行動の基準は,基本的には営利であるから,その時点でその担当者が持っている情報を下に,一番有利な方策をとる,という理屈で,ストーリーは展開していくはず。紛争系の場合,どうしてこちらの担当者はこうしたのか,相手方はこうしたのか,ということがきちんと繋がると,事案を理解できる。縁由と結果の連鎖。

まずそのストーリーを探り,さらに「あるはずの証拠」「ないはずの証拠」などを考えて事実調査をする。

②法律論点は,その事実関係の調査の後に考える。先に理屈を考えてそれに事実を合わせてはいけない。それでは説得力の無い机上の空論になる。企業法務弁護士はしばしばそれをやってしまう。頭がいい人の弱点。

ただし,一点。

さて,それから「訴訟の場合はどうするんだ」という話です。「事実調査と法律調査がある」。法律調査は,弁護士職務基本規程で義務になっていること,知ってましたか?弁護士職務基本規程37条1項は法律の調査なんだけど,「弁護士は,事件の処理に当たり,必要な法令の調査を怠ってはならない」。これやらないと弁護過誤です,いきなり。面白いのは2項で,「弁護士は,事件の処理に当たり,必要かつ可能な事実関係の調査を行うように努める」。事実関係の調査は,可能な範囲での努力義務なんです。これとは大きく違ってまして,法律調査はちゃんとやんなきゃいけないという話でございます。

いや,法律調査してこない弁護士,多いよね。