中村淳彦(2012)『職業としてのAV 女優』幻冬舎

中村淳彦(2012)『職業としてのAV女優』幻冬舎を読んだ。

日本ビデオ販売株式会社

 あのフランチャイズ店は,安売王全体が潰れても残りますよ。だからもう全国にセルビデオの販売網は出来ているんです。僕は最近ずっと,都内から関東近県かなりの数,できるだけ店舗をまわってみました。何処の店主も必死です。売れる作品を求めている。売れなきゃなけなしの金で始めた自分の店が潰れますからね。それでね,メーカーや問屋から来るサンプル商品を食い入るように観ている。これはすごいことですよ。レンタル屋の店主は自分の店で貸し出す作品なんて観やしませんからね。問屋から「これを何本仕入れなさい」と言われるまま棚に並べているだけです。これはね,業界に於ける一つの革命かもしれない*1

 レンタルの業界はシステムが硬直化している。産業が大きくなりすぎたんです。問屋も店舗も,そこにいる人間は誰もAVなんて観ちゃいないんです。作品を観ずに買って,仕入れて,それを売っている。何かが狂っていると思いませんか*2

 以上は,アダルトビデオのライターでアダルトビデオメーカー・アロックス(1990年創業,1991年倒産)を設立した奥出哲雄の言葉である。

 「安売王」とは,1980年頃に「石油の安売王」として脚光を浴びた佐藤太治が卸売業者・日本ビデオ販売株式会社を設立してフランチャイズ展開した小売業者「ビデオ安売王」を指している。正確に書くと,「フランチャイズ店」はフランチャイジー(ビデオ安売王),「安売王全体」はフランチャイズ(事業形態),セルビデオの「問屋」はフランチャイザー(日本ビデオ販売)を指している。

 なお,フランチャイズの契約内容には,「なけなしの金」(加盟料100万円に看板及び什器など200万円を加えた合計300万円)だけではなく,「売上高総利益率50%」や「経費保証システム」(売上高が家賃,賃金及び光熱費の合計を下回った場合,この差額をフランチャイザーが負担する仕組み)などもあった。当然,「日本ビデオ販売からの仕入」も契約内容に含まれていた。

 レンタルビデオが中心でセルビデオブルセラショップの片隅にあるだけだった1993年,日本ビデオ販売が,既存のバリューチェーンレンタルビデオ店(サービス業):事業企画→営業活動→サービス提供→料金徴収→カスタマサポート」に新たなバリューチェーン「ビデオ安売王(小売業):商品企画→仕入→店舗運営→集客→販売→アフターサービス」を追加した。また,週刊誌に「あなたは月給200万円もらっていますか?」などの一面広告を出して, 3年後,ビデオ安売王の店舗数は1,000を超えるまで成長した。

 レンタルビデオ店は,バリューチェーンの「事業企画」と「営業活動」に問題があった。流通に乗るアダルトビデオは,必ずしも内容が良いものではなく,パッケージが良くダンピング率が高いアダルトビデオメーカーのものだった。何故ならば,内容が悪くても,ユーザーは,支払いが数百円であり,ハズレを引いた,運が悪かったと諦めることが一般的であるためである。

 一方,ビデオ安売王も「商品企画」と「仕入」に問題があった。

 当初,ビデオ安売王は,日本ビデオ倫理協会が審査したモザイクの大きく粗いアダルトビデオしか取り扱わないレンタルビデオ店に対抗して,日本ビデオ販売から自主規制のオリジナルを仕入していた。このビジネスモデルは,バリューチェーンのさらに上流にあるアダルトビデオメーカーの参入障壁のほとんどを取り除いていた。

 参入障壁は,「非競争」の方法の1つで,4つに細分化される*3。「法的制度」,「組織間関係」,「初期投資の規模」及び「技術」である。日本ビデオ販売のビジネスモデルでは,まず,アダルトビデオメーカーが加盟法人2社からの推薦が必要となる日本ビデオ倫理協会に加盟する必要がなかったため,「法的制度」を取り除いた。つぎに,高いダンピング率を背景としたアダルトビデオメーカー,問屋,レンタルビデオ店のような垂直的協力関係がなかったため,「組織間関係」を取り除いた。さらに,日本ビデオ倫理協会が審査せず問屋も介在しないことにより,レンタルビデオでは約8ヶ月要した回収期間がセルビデオでは約3ヶ月となったため,「初期投資の規模」も取り除いた。しかしながら,後述するソフト・オン・デマンドなど数社を除くと,新規参入したアダルトビデオメーカーのうち「技術」があるものはほとんどなかった。

 しばらくして,ビデオ安売王は,売れるアダルトビデオを求めて,フランチャイズの契約内容を反故にして,日本ビデオ販売以外の「鞄屋」からレンタルビデオ海賊版仕入を始めた。日本ビデオ販売は,月1回程度,ビデオ安売王各店舗の売れ残りを他店舗へ回すことによりアダルトビデオを入れ替えていたが,このなかに海賊版があっても目を瞑ってしまった。

 結局,日本ビデオ販売は,レンタルビデオ系のアダルトビデオメーカーから著作権侵害差止等請求*4を受けたことのほか,1995年に佐藤太治が逮捕されたこと,1996年に事務所を第三者に占拠されて刑事事件に発展したこと,倉庫にあったアダルトビデオを第三者に持ち出されたこともあり,同年,2ヶ月連続で手形が不渡りとなった。

 一方,ビデオ安売王は,奥出哲雄の言葉とおり残った。それどころか,アダルトビデオメーカーセルビデオ店が直接取引するようになり粗製濫造の時代を迎えた。

 レンタルビデオは,右肩下がりだったが既存のビジネスモデルを続けて,そして,淘汰された。

ソフト・オン・デマンド株式会社

 それは警察に行くようになったから。昔はお互いスネに傷のあるグレイな職業同士ってことで警察には行かないって変なルールがあった。常識からしたらそういうことがあったら警察に行くの。なにかあったときにヤクザに仲裁をたのみに行くのはおかしいじゃない。それはこの業界ならではなんだよね。そういう昔ながらの変な慣わしに従う人間ばかりじゃなくなったってことだよね。普通の人が増えたってこと。普通の人が増えたからダメになったって部分はあるけど,そういう汚いことは確かに減ったよね*5

 以上は,アダルトビデオの監督兼男優・太賀麻郎の言葉である。

 「非競争」の方法として参入障壁以外に秩序づくりがあるが,当時のアダルトビデオ業界は弱肉強食の考え方が秩序をつくり,反社会的勢力がこれを維持していた。しかし,ソフト・オン・デマンドが,商号のとおりユーザー至上主義を掲げて成長して,旧来の秩序を崩壊させた。

 ソフト・オン・デマンド株式会社は, 1995年,高橋がなりテリー伊藤からの借入金を弁済するため設立したアダルトビデオメーカーである。高橋がなりは,アイ・ヴィ・エス・テレビ制作株式会社でテリー伊藤に師事した後,ゴルフ用品店などを始めたが失敗して借入金が膨らんでいた。

 アダルトビデオメーカーバリューチェーンは「企画→配役→撮影・編集→流通→販売」となっていて,粗製濫造の時代,ほとんどのアダルトビデオメーカーには「企画」も「配役」も「撮影・編集」もいずれの技術もなかった。一方,ソフト・オン・デマンドには高橋がなりアイ・ヴィ・エス・テレビ制作に勤務したとき培った「企画」と「撮影・編集」の技術があった。ソフト・オン・デマンドは,これらに加えて「配役」と「販売」(=価格)でもユーザーの声を取り入れた。

 まず,1998年,「撮影・編集」の観点から,レンタルビデオ系のアダルトメーカーとの専属契約が切れた小室友里を起用してモザイクが小さく細かい『ルームサービス』を販売した。つぎに,「配役」の観点から,森下くるみと12本の専属契約を結んだ。この専属契約は,セルビデオ系のアダルトメーカーとして初めてのことであった。また,通常のアダルトビデオの契約は1本,専属契約でも3本程度であるため,異例中の異例であった。さらに,1999年,「企画」の観点から,既にヒットしていた全裸シリーズを屋外のスケートリンクで撮影した。そして,2000年,4,000~6,000円が相場だったセルビデオを2,980円まで値下げした。

 結果,森下くるみは成功して2002年にソフト・オン・デマンドグループを離れるまで契約を延長した。一方,『ルームサービス』は,わいせつ図画として押収された。『全裸スケートリンク』も,高橋がなり及び関係者が公然わいせつ罪で書類送検された。薄消し及び露出モノは,後発のアダルトビデオメーカーも試みたが,2007~2008年を最後に犯罪報道されるほどのものはなくなった。価格は,株式会社CA(旧・株式会社北都,通称アウトビジョングループ)がより安価なビデオ・オン・デマンドを取り入れたことにより,むしろ割高なものとなってしまった。CAは,アダルトビデオメーカーの囲い込みも行った。アダルトビデオ業界のガリバー企業となったのはCAだった。

まとめ

 日本ビデオ販売とソフト・オン・デマンドの共通点は,法的・制度的許容範囲を越えた利益の追求だ。これが「非競争」だったアダルトビデオ業界を「競争」の世界へ引きずり込んだ。

 また,この過程で2つの利点をもたらした。1つ目は,「~してはならない」ことが分かった。このため,二番手企業は,違法行為に係るコストやリスクを負担せず,コスト・リーダーシップ戦略をとることができた。2つ目は,「~してもよい」ことが分かった。日本ビデオ販売の事件は犯罪報道や判例として残っていて,ここからギリギリの越えられない一線を推測できる。このため,三番手企業は,薄氷を踏む(ときどき踏み外す)差別化戦略をとることができた。

 一方,相違点は,社会的・倫理的許容範囲を越えた利益の追求があったか否かだ。日本ビデオ販売は,レンタルビデオ系のアダルトビデオメーカーの逆鱗に触れて倒産した。一方,ソフト・オン・デマンドは,設立から2010年3月期まで増収を続けてアダルトビデオメーカーとして初めて『会社四季報』に掲載された。

*1:東良美季(2011)『東京ノアール消えた男優太賀麻郎の告白』イースト・プレス

*2:東良美季(2011)『東京ノアール消えた男優太賀麻郎の告白』イースト・プレス

*3:坂下昭宣(2007)「企業の競争戦略」『経営学への招待』白桃書房

*4:東京地方裁判所民事第29部(平成10年10月30日判決)『著作権侵害差止等請求事件東京地裁平成8年(ワ)第1590号』。

*5:中村淳彦(2012)『職業としてのAV女優』幻冬舎